857_澱粉の話し。1/? 栃の実。
私は東北の生まれなんですが、「けかじ」といって作物が全然とれなくて、生命維持が困難な時が何度もあったのだそうで、そういう時は栃の実も食べたのだそうだ。

年寄りがその味を懐かしがるので、どんなに旨い物か、とても興味があった。本州のある道の駅で、栃餅を売っていたので買って食べてみたが、普通の餅とあまり変わらず、良く解らなかった。
神社の境内で6個ぐらい拾った。栃の実の姿はとても愛らしく、みんな拾って持ち帰る。ただそれだけ。
私は澱粉を作って食べてみるためにメルカリで買った。
ちょっと噛んで味を確かめた。「うえー、何だこりゃ」。その味は「てめーー、食ったらお前死ぬぞ」って感じの、「毒ーー!」みたいで、即座にギブアップして、やる気も失せて、水の中に入れ、4か月もほったらかしにした。


捨てようかと思ったが、ダメもとでやってみようと思った。ミキサーでつぶした。面倒くさいので、皮は剝かないでやった。

こうなります。

それを洗濯ネットで濾して、バケツに貯めます。

うわ水を捨て、水を足してかき混ぜて沈殿させるのを3回ぐらい繰り返した。濃くなった沈殿物を茶碗に入れて長い間、ほったらかしておいたら、自然に乾燥してしまった。

これに水を加えて良く混ぜて加熱するとこうなります。

食ってみたら、毒みたいな味がまだあった。それで味をごまかすために牛乳を入れてみた。

黒砂糖も入れて、それを食ってみた。

全然うまくねえんだ。でもお腹を壊すこともなかった。
いつか旨いと言われる、ばあさん達が作った栃餅を食ってみたい。もち米と混ぜるらしいんだ。「これ食ってみなっ」ていうのを知っているなら教えてほしい。
米がない時代は、何と混ぜたんだろう。弥生時代には米を食べていた人がいたのに、私が生まれた所は、昭和の30年代まで、縄文の食に近かったと言えます。
だから日本人は米食民族と言われても、「そんなの嘘だ」としか思えない。私の先祖はずっと縄文食だったはずだ。
ドラマのおしんのように、米を食べることがないで育った人は多いはずです。でもそういう苦労をした人は、何事もなかったようにニコニコしてるんだ。
ついでに、誰も知らないだろう話:
(知っている人はもういないから)
昔は、家族もなく、土地もなく、行き場がない人は、海辺で暮らすと生きられたのだそうです。(岩手県の北部の隆起海岸)岩場のどこにでも、ウニやアワビがいて、危なくて歩けなかったぐらいだったそうです。サンマも岸辺を泳いでいて、釣り竿で釣れたんだそうです。
私の父は、予備で生まれた私に、そういう海辺で生きる人の話をしたのはどういう意味があったのだろうか?
なにかあったら海辺に行けば生きられると教えたかったのか、そうならないように生きろと言いたかったのか?
父が子供の頃に、どこからか来て海辺に住看ついた孤独な人たちは、子供達に親切にして遊んでくれ、村の人達もかわいそうと思い、食べ物を分けてあげたのだろう。だからその人達を見下すことはないし、父の顔は思いやりのある表情をしていた。
これは私の推測なんですが、小さい時に親を亡くした父は、多分、海の所に住み着いた人たちに水遊びの時など、面倒を見てもらい、家からは、畑や山から収穫した物を分けてあげて、男親の思いやりのような物を感じながら、子供時代を過ごしていたのではないかと思うのです。
その人達は、津波で波にのまれて消えてしまったのだそうだ。これがその時に作った無縁仏と教えてくれたし、ここまで津波が来たんだという目印だった。誰も信じないような高い位置にあった。